旅行サイトの検索窓に日付・予算だけでなく「動機」を加えよう

旅行の成立要件として、カネ・ヒマ・モチベーションの3つがあると言われている。この3つの条件がそろわないと旅行という行動は起こらない。3つめのモチベーションとは、何か。辞書を引くと「モチベーション」とは、「人間が何かの目的に向けて行動を起こし、その達成まで持続させる心理的な力」とある。つまり、旅行におけるモチベーションとは、旅行に行きたいと思う動機づけともいえる。ところが、旅行サイトの検索窓を見ると、その多くが「日付」「行先・宿泊地」「予算」の条件を絞り込むことになっている。旅行者の「動機」はまったく蚊帳の外である。つまり、現在の旅行サービスを提供するサイトの多くは、旅行者のモチベーションや動機を配慮せずに商品を提供していることになる。


旅行者の行動やその要因について心理的な背景から分析する観光心理学という分野がある。旅行者は、何らかの要因によって「旅行に行きたい」と思い、それに見合う旅行目的地と商品を選択して、旅行行動を起こす。多くの研究者のおかげで、旅行動機の背景にある人間の欲求の分類と体系化が進んでいるので紹介したい。


そもそもなぜ人は旅をしようと思うのか。この背景には、2つの要因があると言われている。第1に、テレビで見かけた美しい風景やアニメの映画の舞台など外的要素によって惹きつけられる外発的引寄(プル)要因である。第2に、現実逃避、新たな出会いを求めたいなど自分の内面から湧き上がる内発的押出(プッシュ)要因である。これらの要因が絡み合って、旅行者は旅行目的地と旅行商品の選択を行っている。そして、後者のプッシュ要因をひも解いてみると、2つの考え方に整理できる。1つは、最適覚醒理論による旅行動機の説明、もう1つは旅行キャリア理論による旅行動機の説明である。


最適覚醒理論とは、すべての人は最適で理想的な、あるいは心理的に快適な覚醒レベルを持っており、最適覚醒のために人間は行動するという考え方である。プッシュ要因には、様々な欲求があるが、最も重視される欲求が、解放感を求める逃避欲求と新しいものを求める新奇性・追求欲求である。後者はどちらかと言えば、緊張感を伴うものである。この2つが複雑に絡み合いながら、人は旅行をしている。日常生活が忙しくて疲れている場合、旅行に求める欲求はどちらになるであろうか。それは、解放感であり、逃避欲求であろう。一方、日常生活が退屈でつまらないと思っている場合、旅行に求めるのは何であろうか。それは、刺激であり、新規性・追求欲求であろう。その理論に従えば、日常生活で疲れている人は、ネオンが輝くニューヨークのブロードウェイよりは、スイスののどかな山岳リゾートを求めるであろうし、逆に日常生活が退屈でつまらないと思っている人は、スイスののどかな山岳リゾートよりは、ニューヨークを選ぶであろう。このように、日常生活における心理状態が、旅行目的地の選択に大きく影響することが考えられる。


次に、旅行キャリア理論を紹介したい。旅行キャリア理論とは、旅行の経験の度合いによって、旅行に求める欲求が変化していくとする考え方である。その理論によると、旅行経験に度合いに関わらず、多くの旅行者にとって最も重要度の高い欲求が、①新奇性、②逃避、③人間関係強化と言われている。①新奇性とは、新しい出会いや発見など刺激を求める欲求である。②逃避とは、リラックスしたいなど現実逃避ともいえる欲求である。③人間関係強化は、友人・家族・恋人など同行者との関係強化である。そして次に重要な欲求は、旅行経験によって分かれる。旅行経験の多い人は、ありのままの自然や異文化体験など本物感のあるふれあいなど自己開発を求める。一方で、旅行経験の少ない人は、生活に新しい視点を取り入れる自己実現欲求や学びなど達成感を味わう自己開発欲求を求める。そのほかにも、孤独、過去への郷愁(ノスタルジア)、ロマンスなどの欲求もあるが、これらは旅行経験にはあまり影響を受けず、かつそれほど重要度は高くない欲求であると言われている。


いずれにせよ、旅行動機の背景にある欲求は、人によって異なるのはもちろんであるが、同じ人間でも置かれた日常生活の環境によっても変わってくる。しかし、これまでの研究によって、旅行動機の背景にある様々な欲求が、旅行者の旅行目的地や旅行商品の選択に影響を与えていることは間違いなさそうである。その意味では、旅行サイトの検索窓に、「動機」という枠ができれば、新たな切り口の旅先の探し方・選び方につながるのではないだろか。


(以上)

鮫島卓研究室 SAMETAKU-LAB

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