【事後レポート】さめたく塾⑤ 「メタ観光と地方創生」☆満員御礼☆

2019年最初のさめたく塾Vol.5(2019年1月25日)は、TripAdvisor社長の牧野友衛さんをゲストに「メタ観光と地方創生」をテーマに盛況に終わりました。さめたく塾は、30名限定で専門家や研究者をゲストにして話題提供してもらい、ゼミ形式で参加者共に考える塾です。どうやったらうまくいくかというHow思考でなく、当たり前に思っていることを一旦立ち止まってなぜそうなるのか?why思考で考えることを大切にする知的探求の会です。毎度ですが、塾は懇親会までいつも皆さん語り続けて盛り上がります。下記、今回のふりかえりのレポートです。参考にどうぞ。


観光による地方創生の疑問

地方創生の切り札として、全国で観光が注目を集めています。それは人口減少局面を迎えた地域で、観光による交流人口が地域経済を活性化する起爆剤になるからです。地域における観光振興の定説に、①地域の自然・歴史・文化など地域資源を活用して、②その固有性・独自性・真正性(本物らしさ)こそが観光資源として価値あるものになると言われています。しかし、本当にそうでしょうか?というのが今回の問いです。

名もなき地域が観光地化する?

上の写真は、以前、私が訪れた愛媛県予讃線の無人駅の下灘駅です。ここには今、インスタ映えスポットとして多くの観光客が訪れています。2年前に駅前にできたカフェの店員に尋ねると、多い日は1000名くらいやってくるとのこと。もともとJR青春18きっぷのポスターに度々登場する「聖地」なのですが、実際に観察してみると列車で来る人よりも車で来る人の方が多いのです。

上の写真が私が実際に訪れたときの下灘駅です。無人駅とは思えないほどすごい人です(笑)。インタビューすると香港や台湾から来た外国人までいました。しかし、よくよく考えるとここはただの無人駅です。ここが観光地になったのは、地域住民がここを観光資源であると認識したからでしょうか? 

メタ観光とは何か

ゲストの牧野さんからは、そうした問題意識に立って外国人の口コミからグローバルな視点で日本を改めてふりかえると、「外国人が求める日本と日本人が伝えたい日本にはズレがあること」、「むしろ外国人が教えてくれた日本の観光資源がたくさんある」と言います。例えば、今や外国人の人気No1スポットの伏見稲荷大社の観光地化のプロセスをよくよく紐解くと、アメリカ映画の舞台であり、「それを伝えた旅行者こそが観光資源の開拓者であった」と言います。また逆の視点で、ベルギーのアントワープ大聖堂の口コミ件数は、英語に続き日本語が第2位となっており、隣国オランダ語をおさえてまで日本人の多くが訪れている可能性が高いのは、『フランダースの犬』のラストシーンの舞台となっていることが大きく影響しているのではないかと紹介してくれました。さらに神田明神の事例から「同じものでも、人によって見ているものが違う」ことに気づいたと。

冒頭で紹介した「下灘駅」の現象も実は同じようなことが起きていると考えるべきでしょう。インスタグラムで「下灘駅」を検索してわかったのは、映画『千と千尋の神隠し』の世界観を追体験できる場所として認知されていることでした。つまり、観光客にとっては、『千と千尋の神隠し』の世界の中でこの駅を眺めていたのです。しかし、青春18きっぷトラベラーの私にとっては、「鉄道の聖地」としての価値です。地域住民はと言えば、、、、おそらく「何もない駅」なのでしょう。同じ下灘駅なのに人によって、全く違うものを見ているのです。


牧野さんは「メタ観光」という言葉を、そうした経験から思いついた言葉だそうで、「現実にはある地点に存在せず、必ずしも目に見えるわけではない情報を目的とした観光。現実に存在する者と直接には関係ない情報のため、同一地点に複数の異なる文脈(レイヤー)の情報が存在しうる」という定義と共に、観光とは何かを改めて考えると「情報消費」ではないかという話題提供をして頂きました。

旅の歴史を改めてふりかえると、例えば『東海道中膝栗毛』の弥次喜多の珍道中の旅物語を読んだ江戸時代の旅人が伊勢参りをした旅と、「メタ観光」の現象も、誰かが築いたレールの上をなぞるという意味ではあまり変わりはなく、それが観光の本質ともいえるのです。

今回、このテーマで議論したいと思った理由は2つ。1つは、「メタ観光」という切り口から、昔の旅と今の旅では何が違うのかという疑問を明らかにしたいから。2つ目は、観光の定義を「メタ観光」という切り口から再定義できるのではないかと考えたからです。


情報社会の中の観光

1つ目の問いに対しての私自身の答えは、「産業社会」と「情報社会」の違いにあると考えています。特にSNSの登場は、社会を生産者優位の「産業社会」から、情報やコンテンツを持つ者が優位の「情報社会」への転換を加速させたと考えています。これまでの産業社会では、生産者であること自体が情報強者であり、情報弱者の消費者へ情報の非対称性によってビジネスを成立させた時代です。しかし、SNSの登場によって、情報の発信は「メディア」から「個人」も加わり、Youtuberのように誰もが自由に情報を配信できる時代へと変化しています。「伏見稲荷大社」や「下灘駅」の観光資源としての発見は、地元住民ではなく旅行者なのです。地域住民にとってただの何もないはずの無人駅が、『千と千尋の神隠し』ファンにとっては想像を掻き立てられる価値ある場所になるのです。それをSNS等を通じて情報空間で開拓者によって配信された情報が別の旅行者と共有され、さらに拡散していくのです。
つまり、地域住民とは別のレイヤーで旅行者自身が自律的に観光資源を開発し、プロモーションを行っていることになります。このことは、近年話題のアニメの聖地巡礼、Pokémon GOの現象についても、同様の説明ができます。
これまでの産業社会と違うのは、個人が地域資源の発掘の担い手であり、情報発信の担い手であることです。つまり、観光開発の担い手は、地域住民であるかどうかではなく、そのコンテンツやメタの関心者であるかどうかということになります。消費者である旅行者が個人のメディアであるSNSを通じて配信できるようになったこと、さらに同じ観光資源でも見ている文脈が多様化している点が「産業社会」と「情報社会」の観光の違いであると考えます。


観光の定義を再考する

2つ目の観光の定義の再考です。これまで観光とは「人間の物理的・身体的な移動や体験」を前提として考えてきました。観光行動論では、旅行前のイメージ形成が旅行先の選定に大きくかかわるという説明をしています。しかし、地域住民よりも旅行者の方が地域の価値を知っているとするならば、別の定義をしなければ説明がつきません。私が考える新たな定義は、観光とは「日常空間から非日常空間への精神的・物理的な移動や体験の後、日常空間へ戻ってくる行動」です。つまり、旅行者は旅行する前からすでに物語・映画・小説・歴史など様々なメタ情報を通じて、コンテンツの「虚構空間」やSNSなどの「情報空間」の中で精神的な移動と体験をしていると考えてはどうかと。そのほうが、より説明がよりしやすくなります。

「旅行は、旅行前から始まっている」と言われますが、旅する前に精神的な旅をしているとすれば、旅行会社や観光地にも求められるのは、身体的移動を伴う観光地での物理的な旅行商品や観光商品だけでなく、精神的な旅行企画・観光商品化も対象として再定義することができます。


情報社会における観光振興のあり方

改めて情報社会における地方創生や観光開発について整理すると、下記の6つが挙げられます。

① 観光による地域活性化とは、既にあるもののに新たな意味を与えて新たな文脈をつくることであること。(地域住民には気づきにくい)

② 名もなき地域が観光地になる可能性は大いにあること。(どんな地域にもチャンスがある)

③  地域の観光開発の担い手は必ずしも地域住民や開発事業者であるとは限らず、むしろ旅行者がその担い手になる可能性が高いこと。(その意味では、インバウンドを促進したいならターゲットとする国の外国人を雇うことが大切)

④ 地域資源の発掘と観光資源化は、地域に目に見える地域資源そのものだけではなく、コンテンツなどの「虚構空間」やSNSなどの「情報空間」でも探索する必要があること。(地域が舞台のコンテンツを探す、またはつくる)
⑤ 旅行会社や観光地の役割は、身体的移動を伴う物理的な旅行を対象とするだけでなく、旅行前の「虚構空間」「情報空間」における精神的な旅行商品の提供も考えるべきであること。
⑥ 物理的な旅行での満足度やリピート化には、単に他人が築いたレールをなぞらせて満足させるだけでなく、新たな文脈や別の旅行者との出会いを創出して新たなレールを築かせること。

まだまだまとまっていないところもありますが、新たな観光の定義を再考する研究を続けていきたいと思います。


情報社会のいい旅

さて、こうやって考えると他人に依拠しない「自由な旅」とはないのでしょうか。厳密な自由な旅はありえないかもしれませんが、面白くする工夫はできるかもしれないと考えています。

まずは旅行前の学びである「精神的な前旅」。ただ面白そうだから行くのではなく、地域が舞台となっている物語・映画・小説・歴史・マンガ・アニメなどの作品を読んだり鑑賞して、精神的な旅をもっと積極的に取り上げてはどうでしょうか。それによって、想像力が大いに膨らむ楽しい旅になるのです。また、他人が築いたレールの上をなぞるだけにならないように、旅行中にできるだけ多く人や別の物語の出会いを探して新たなレールを敷きなおすことも大切です。そして、旅が終わった後に改めて別の物語や歴史を学び直して、新たな視点を得ることで精神的な後旅を楽しむこと。前旅、中旅、後旅をフルに活用すれば、一度の旅で何十倍も旅が面白くなりそうな気がしますが、皆さんはどう考えますか。

(以上)

SAMETAKU-LAB 鮫島卓観光デザイン研究室

鮫島ゼミ(観光デザイン研究室)の研究・大学教育・ゼミ活動・社会貢献などの活動をお知らせするサイトです。

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