歩いてわかった世界と日本 ③「偏見を克服するツーリズムの力」

「偏見を克服するツーリズムの力」

メディアはツーリズムを代替する?

「なぜ旅に出る必要があるのですか?」この素朴な疑問を学生から訊かれることがあります。確かに、新聞、テレビ、ラジオなどマスメディアだけでなく、インターネットメディア、そして個人が配信するSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)によって、私たちは世界中のニュースや情報を瞬時に入手できる時代になりました。文字、画像、映像はもちろん、VR(バーチャル・リアリティ)など新しいテクノロジーによって臨場感をもって疑似旅行体験ができるようになっています。YouTubeを見れば、世界中の映像を見ることができます。見知らぬ異国の個人が配信するTwitterのつぶやきやInstagramの洗練された画像や映像を、「#」とその検索を通じて「世界のリアル」を目にすることができます。そして、そのネットワークを通じて時空を超えて「友人」になることもできます。「インターネットで検索すれば、わざわざ旅をしなくても世界のことを知ることができる」と言われることが多くなってきました。はたして本当にそうでしょうか。


「福島」と「FUKUSHIMA」から見えるもの

ところで、皆さんは「福島」と聞いてどんなことを連想しますか?食べ物好きなら「喜多方ラーメン」を、アイドルグループTOKIOが好きな方なら「DASH村」、歴史好きなら「白虎隊」「鶴ヶ城」、観光地なら「日本三大桜の三春の滝桜」「歴史的な街並みが美しい大内宿」「温泉リゾートいわきハワイアンズ」などが思い浮かぶことでしょう。

では実際に、Googleで「福島」と検索してみると、「福島県の観光スポット、旬の地域情報が満載!ふくしまの旅[公式]」という福島県観光物産交流協会が運営する福島県観光公式サイトをトップにして、以下観光情報が表示されます(2018年5月15日現在)。次に「福島」で画像検索をしてみると、福島県の地図や観光地の写真が表示されます。

一方、英語で'FUKUSHIMA'と検索してみると、どうでしょうか。検索結果の最上位は福島県観光公式サイトですが、その次は'The Fukushima-Daiichi nuclear power plant accident - UNSCEAR'という福島第一原発について書かれた国連機関のサイトで、続いて「福島第一原子力発電所事故 - Wikipedia」となっています。さらに' FUKUSHIMA 'で画像検索すると、福島第一原発関連の画像だけでページ全体が覆われる状態となります。おそらく多くの日本人にとってこれは衝撃的な結果です。一体これは何を意味しているのでしょうか。

この検索結果が意味することは、同じものを見ているつもりでも、日本人にとっての「福島」と英語を使う外国人にとっての' FUKUSHIMA 'は、実は全く違うものを見ているということです。もともとGoogleの検索結果は、論文の引用数と同じように「多くのユーザーが欲しいと思う情報を掲載したサイト」をそのリンク数とサイトの有用性からロボットが判断して並べています。つまり、ユーザーが役に立つと思うサイトほど上位に置かれる傾向があります。


国籍・文化・宗教を超える人類共通のもの

次に「イスラム」と聞いてどんなことを連想しますか?大学の授業で学生に同じ質問をすると、「危険」「怖い」「強権的」「妄信的」「テロ」「紛争」「内戦」などのキーワードが出てきます。しかし、私はこれまで10ヶ国のイスラム諸国を訪問していますが、その言葉通りの現実を目にしたことはありません。もちろん安全情報には気を付けていますが、実際に自分の目で確かめることなく、「恐怖感」だけでは現実を捉えることはできません。


上の写真を見てください。これはシリアでIS(イスラム国)の掃討作戦が行われていた同時期に、隣国ヨルダンの紅海に面したアカバのビーチで撮影した写真です。アカバには多くのリゾートホテルが建ち並び、ヨルダン国内はもちろん世界が注目するリゾート地のひとつです。右上の写真に映るのは、チャドルという全身を覆うイスラム風の服や水着を着た地元の若い女性たちで、友達同士で仲良く楽しんでいました。写真には写っていませんが、その隣には小さな子供を連れた家族がいました。海辺で遊ぶ子供の様子をにこやかな笑顔で見守る母親の姿や、仲間同士でじゃれ合う若い女性たちの光景は、日本の海辺の風景と何も変わりません。大切な人と過ごす喜びや美しいものに感動する心は、国籍・文化・宗教を超えて人類共通のものではないかと、シャッターを切りながら考えていました。


偏見を克服するツーリズム

様々なメディアを通じて、世界の様々な情報を瞬時に入手できることは、はたして世界の現実を知っていることになるでしょうか。'FUKUSHIMA'の画像検索の結果から、どれだけの世界中の人々が福島の「美しい三春の滝桜」を想像できるでしょうか。一方で、メディアを通じて目にする「イスラム」の映像や画像から、日本人のどれだけの人々が、愛する人と共に過ごす幸せを感じている「海辺のヨルダン人家族」を想像できるでしょうか。

「我々はたいていの場合、見てから定義しないで、定義してから見る。そして拾い上げたものを、我々の文化によってステレオタイプ化されたかたちのままで知覚しがちである。」と、ピュリッツァー賞を受賞したウォルター・リップマンは、その著書『世論』でいかに人間が偏見(バイアス)によって社会を認知しているかを述べています。人間は経験したことは理解できますが、経験していないことは想像するしかありません。この想像のプロセスで、他者から得た知識によって理解しようとします。ところが、知識によって現実を理解しているつもりであっても、固定観念や偏見によって現実をある一面でしか理解していないと考えるべきです。偏見とは、言葉の通り偏った見方であり、ひとつの角度や視点で物事を認知することです。その意味では、身体的移動を伴ながら実際に世界を自分の五感で物事を知覚するツーリズムは偏見を克服する力があります。ツーリズムによって、切り取られた現実ではなく、多様な角度や視点で現実を理解することができるのです。しかも旅先で得た体験は、視覚、聴覚だけではなく、嗅覚、触覚、味覚である五感をフルに使って得られる直接体験です。五感によって得られた情報によって感情を揺さぶられ、長い間記憶に残る原体験となるのです。

(以上)

SAMETAKU-LAB 鮫島卓観光デザイン研究室

鮫島ゼミ(観光デザイン研究室)の研究・大学教育・ゼミ活動・社会貢献などの活動をお知らせするサイトです。

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