なぜ観光ではデジタル化が進まないのかー産業革命史から読み解くー

多少、観光学をかじったことのある人ならわかると思うが、観光産業の起源は、近代の登場とともにある。それはイギリスで始まる産業革命が発端だ。会社組織、資本家、都市労働者が生まれ、労働と余暇が発生した。余暇の楽しみとして観光ができるようになる。蒸気機関車が発明され、それをつかって禁酒運動大会に参加するツアーを行ったのがトーマス・クックである。宿泊クーポン、パッケージツアー、時刻表、旅行小切手などその系譜は現在の旅行業にまで続く。観光の大衆化を表すマス・ツーリズムもここが原点である。


観光産業は産業革命によって生まれ、産業革命によって発展してきた産業なのだ。常に新しい技術を取り入れながらダイナミックに発展してきたのが観光産業である。にも拘わらず、なぜ観光はデジタル化が進まないのか。産業革命史の観点から、この疑問について考えていきたい。


経営史における定説として、産業革命は3つの段階があるとされる。イギリスに始まる第1次産業革命は「動力革命」。これは蒸気機関車、紡績機など石炭を燃料にした内燃機関の発明によって人間の身体能力拡張させたことである。そのは発展形が石油を使った自動車、航空機などである。交通輸送の技術革新が、観光においては大量かつ長距離輸送を可能にした。


続く第2次産業革命は、「通信革命」。これは電話・ラジオ・テレビに代表されるように通信技術が人間の目耳(感覚)拡張を実現した。対面でなくても遠隔地でもコミュニケーションをとることを可能にした。その意味では、今日のテレビ会議システムは決して新しい技術革新ではなく、第2次産業革命の延長上にある技術であると考えるべきであろう。そして、第2次産業革命は、マスメディアを誕生させ、アメリカに端を発する大量消費社会をつくりだす。それによって広告業という新たなビジネスも生まれる。観光でも、テレビや新聞などマスメディアを活用した広告宣伝によって観光の大衆化が加速した。

そして第3次産業革命は、「制御革命」である。これは、トランジスタやコンピューターの発明によって、人間の頭脳記憶容量の拡張を実現するものである。自動改札、ATM、RPA、キャッシュレス決済、3Dプリンターなどに代表される技術。観光においてはOTAなどのオンライン予約管理システムがこれにあたる。膨大な顧客情報を人間の記憶だけに留めておいては、良いサービスをするにも限界がある。コンピューティングはそれを支援するツールなのである。また、第2幕として近年ではAIの開発によって自動運転、IOT、ブロックチェーン、予測技術も盛んに開発されている。ところが、デジタル化を第3次産業革命の技術を取り入れることだとすれば(AIの登場を第4次産業革命とする主張もあるが、ここでは経営学の定説を採用する)、観光産業は第3次産業革命で二の足を踏んでいる。


ではなぜ、観光産業がデジタル化、すなわち第3次産業革命の技術革新が進まないのか。それは第3次産業革命の本質が人間の頭脳記憶容量の代替と拡張にあるからである。観光は人間が働くことで成り立つ仕事であるという固定観念を持っている人が、おもてなしやホスピタリティを重視する観光産業では意外にも多い。さらに、AIやロボティクスとなると、接客サービスまで仕事が奪われてしまうという妄想に近い恐怖感もあるのかもしれない。観光は人間が行う仕事、またそうでなければ観光とは言えないということがイノベーションのジレンマの正体ではないか。


しかし、現実には現代観光は、誰が批判しようとも、多くの人びとが一生のうちに何度も経験するような当たり前の社会現象である。人間の勘と経験だけでは対処できないほどの容量まで発展したスケールで動く一大産業なのである。


第3次産業革命の技術は、人的サービスを代替するものではなく、補完するものと考えるべきだ。近年、「変なホテル」のようにフロントサービスをロボットによる無人化を実現した例もあるが、それがデジタル化の行く先ではない。「変なホテル」のロボティクスの本質は、通常の3分の1に人員を省力化できたことだ。コストセンター(管理業務)を徹底的にデジタル化で省力化を推し進め、それによって空いた余力をクリエイティブな分野や人的サービスにあて、より付加価値の高い業務に人間を配置するという方向性が必要だ。具体的には、予約管理・顧客管理業務、在庫管理業務、仕入や調達の受発注、在庫とプライシングの連動、出納・経理業務などこれまでバックヤード部門はテクノロジーによって必ず代替できるはずだ。またAIの予測技術を活用することで、効率的な人員配置予測が可能となり機会損失を減らしたり、営業支援ツールによって経験の浅い社員のレベルアップを図ることができ教育研修のコストも代替できる。


産業革命(テクノロジー)の本質は、人間の能力の外部拡張機能にある。それが付加価値となって経済成長をもたらすのだ。観光産業はこれまで労働集約型産業と言われてきた。しかし、労働集約型産業のままでは、いつまでたっても所得は上がらず発展はない。第3次産業革命技術のテクノロジーの導入によって資本集約型へ移行しつつ、経済と文化をつなぐ人びとの心の豊かさを創造できる産業となるべきだ。経済、文化、テックを紡ぐのが観光再生のキーワードではないだろうか。


本来、観光産業は産業革命の申し子である。であるとすれば、その技術をどう生かすのか、またそのリテラシーを高めるにはいかにあるべきか。観光産業の現場のみならず、観光教育の現場でももっと語られてよいはずだ。

(以上)

鮫島卓観光デザイン研究室 SAMETAKU-LAB

鮫島ゼミ(観光デザイン研究室)の研究・大学教育・ゼミ活動・社会貢献などの活動をお知らせするサイトです。

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